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「どうして私はこんなに疲れやすいんだろう?」
「みんなが平気なことが、どうして自分にはつらいんだろう?」
子どもの頃からずっと、私は”敏感すぎる自分”を持て余していました。
電車の匂いが気になったり、
チクチクする服が本当に無理だったり、
情報が入りすぎて頭がオーバーヒートしたり──
大人になればなるほど、その生きづらさは大きくなりました。
「自分だけおかしいの?」
そんな思いをずっと抱えていた私の前に、
ある日、HSPという言葉が現れました。
その概念を知った瞬間、
霧の中にうっすらと光が差すように、
心がほどけていきました。
これは、敏感体質として生きづらかった私が、
自分を理解し、”自分のまま”で心地よく生きられるようになるまでの物語。
同じように悩む誰かに、そっと届きますように。
目次:
- 私の敏感さと”こだわり”は、物心つく前から始まっていた
- 敏感なのに”大胆”─幼い頃から続いていた二面性
- 大人になっても続いた、社会での生きづらさ
- 敏感さが”強み”へ変わっていった私
- ”名前がついたこと”で、光が差した
- 生きづらさを減らすための”環境づくり”と”思考の整え方”
- 敏感体質は欠点ではなく、感性の宝物
- 同じように悩んでいるあなたへ
- 参考リンク・関連記事まとめ
1. 私の敏感さと”こだわり”は、物心つく前から始まっていた

私が3歳のときに両親が離婚するまでは、父方の実家で暮らしていました。
きょうだいがいなかったので1人遊びが多かったものの、
のん気で健康な日々。
唯一、かなしい出来事として印象に残っているのは
目の前で何度か見た両親の夫婦喧嘩。
今ではそれも自分を形作る一部だったと思えています。
今思い返すと「あれは変わっていたな」「こだわりが強かったな」
と思うエピソードがたくさんあり、
それらはすべて今の私につながる小さなサインでした。
手の匂いを嗅ぐ
誰かと手をつないだあとは、無意識に自分の手の匂いを嗅いでしまう。
臭いわけではなく、
「他人と触れたあとの変化」を確認したかったのだと思います。
大人たちには不思議がられましたが、
私には”皮膚の匂い”のわずかな違いがわかりました。
HSPには”嗅覚が鋭い”という特徴がありますが、
のちにアロマセラピストになる私を、
この感覚が導いていたのかもしれません。
チクチクする服が苦手
七五三で着たレース襟のワンピースは
首元がチクチクしてどうしても耐えられず、その日限りに。
ニットやコーデュロイが苦手だったのも、
この頃から「感覚へのこだわり」が強かった証拠です。
”くいしん坊!万才”ごっこ

小学生の頃は自分の世界に没頭して遊ぶのが大好きで、
とくに熱中していたのが食レポごっこ。
毎回「海沿いの旅館で魚介を食べる」などリアルな設定を作り、
カメラを意識し、セリフを間違えたら最初からやり直す、謎のストイックさ。
今思えば、想像力やこだわりの強さがよく現れていました。
整理整頓が好き
「おどうぐ箱」の中身を
”もっとも使いやすい配置”に並べ替えるのが楽しくて、
気づけば友だちの分まで整理。
整う瞬間の安心感が何より好きでした。
発表は”自分の意志でしたい”
うまく描けた絵をあとで発表しようと思っていのに
先生の方から「発表しなさいね」と言われて、
やめてしまったことがあります。
「言われたからやる」のに耐えられませんでした。
あとで「なんで発表しなかったの」と言われ、
反論したかったけど先生を責めるのもよくないと思い、胸にとどめました。
仲間はずれがバレたくない
ひとりでいるのは平気なのに、
「仲間はずれにされた子」だと先生に気づかれるのが何より恥ずかしかった。
別のグループに「仲直りできるまで入れて」と頼み
平気なふりをしていた裏には、自己愛の反対にある
「惨め・恥ずかしい・情けない」という気持ちが強かったのだと思います。
念願のワープロ

”机に向かって作業すること”に強いこだわりがあり、
アナログ時代の低学年ではちょっと変ですが、可愛いピンクの子ども用ワープロを誕生日に買ってもらいました。
使いこなせずお蔵入りしたものの、大人になってその記憶を思い出し
MacBook Airを購入した瞬間、”定位置に収まった感じ”がしました。
文章を書くことへの愛着は、この頃から始まっていたのだと思います。
健康第一な高校生
「恋愛・勉強・健康の中で、どれが気になる?」
という授業中の雑談で、
迷わず”健康”を選んだのは私だけ。
先生は病気を心配したかもしれませんが、
当時から「健康でなければ何もできない」と強く感じていた私は、
すでに癒しの仕事につながる感性を持っていたのだと思います。
2. 敏感なのに”大胆”─幼い頃から続いていた二面性

敏感でこだわり強めだった私には、
そんな自分とは裏腹に、ときどき驚くほど”大胆”なスイッチが入りました。
今思えばこれは、まさにHSS型HSPの二面性そのもの。
周りの大人はヒヤヒヤだったけれど、
本人はいつもワクワクしていました。
① 三輪車で大冒険
家の前で三輪車に乗っていた日、ふと
「駅まで行けるか試したい!」と衝動が湧きました。
母と歩いた道を覚えている私は、おばあちゃんの目を盗んで出発。
無事に駅を回って、家に帰ると大騒ぎでしたが、
私は達成感でいっぱいでした。
② 迷子でも楽しんでしまう
新宿の地下道やデパートで何度も迷子になりましたが、
怖かった記憶はなく、店員さんと遊んでいた思い出だけ。
白い発泡スチロールにペンで穴を開けて遊んでもらった光景が残っています。
母は必死。私はニコニコ──
そんなギャップがよくありました。
③ 罰で閉じ込められてもアイドルデビュー
昭和のしつけでお風呂に閉じ込められ、大泣きしたものの
気づけばシャワーヘッドでアイドルごっこ。
母が突然ドアを開けた瞬間、
「しまった!」と恥ずかしくなったのを覚えています。
④ 誰とでも友だちになれる
今の私からは意外ですが、幼い頃はとても社交的で
誰にでも話しかけ、大きな犬にも抱きついていました。
海外のディナーでは自然とダンスの輪に入り、
言葉が通じなくても各国のお年寄りや子どもたちとフォークダンス。
”好きな人にはとことん愛想よく、苦手な人には絶対近づかない”
というスタンスもこの頃からでした。
⑤ コロナの真っ只中のイタリア留学

大人になってもこの謎の大胆さは健在。
2020年秋、コロナの最中にイタリア留学へ。
周囲は「なぜ今?」と心配したけれど、
冒険心の方が勝ったのです。
みんなが慌てているときほど冷静でいられる性質にも助けられ、
結果的に貴重な経験になりました。
敏感で臆病なのに、ときどき信じられない行動力を見せる──
この”敏感 × 大胆”という相反する二面性は、
あまりに自然すぎて長年気づきませんでしたが、
思い返すと、楽しかった思い出の裏にはいつも、
この大胆さがありました。
3. 大人になっても続いた、社会での生きづらさ
社会に出てからも、ずっと
「どうして私はみんなと同じようにできないんだろう」
という感覚を抱えていました。
職場だけでなく、通勤・人間関係・日常のささいなことまで生きづらく、
疲れと、自分を責める癖がどんどん強くなっていきました。
会社員時代はとくにつらく、
セラピストとして働き始めてからも
”組織に属している限り、自分の力を出し切れない”という感覚は続き、
最終的に「私は組織が合わないタイプなんだ」と腑に落ちました。
匂いのつらさ
満員電車はもちろんですが、空いてても避けられない”匂い”
隣の人の体臭や香水、夏の汗、サラリーマン特有の過労臭…
コンビニに入るときも、いつも覚悟します。
チェーンによって油の匂いが違うので、可能なら選びます。
朝活できない
最初に働いた証券会社は朝が早く、
夜型の私には、通勤するだけで精一杯。
フリーランスになってから”朝活”を試してみたこともありますが
結局続かず、自己嫌悪で終わりました。
(のちに「クロノタイプ」という睡眠傾向を知り、”朝がつらいのは体質だった”と納得します)
▶︎ クロノタイプの話はこちら
ロングスリーパー問題
昔から睡眠時間が人より長く、今でも最低8時間半は必要。
当時はそれを「怠けてる」と責めていたし、
「そんなに寝て、どこが神経質なの」とも言われましたが、
HSPは脳の情報処理量が多く、
”休息に時間がたくさん必要な体質”
と知ってからは心が軽くなりました。
仕事のやり方が「普通」とズレる
私はタスクが増えると混乱しやすく、
メモを一覧化し、終わったら線を引き、
見えづらくなったら書き直す──という独自の整理法が必須でした。
でも、思考回路の違う先輩には
「細かすぎ」「そんなに書き直す必要ある?」と見えたようで、
理解されないことが多くありました。
さらに、人の話の”要点”をつかみにくく、
勘違いして相手をイラつかせてしまうこともあり、
そのたびにパニックに。
どんどん自信をなくす日々でした。
他人の感情をもろに受け取ってしまう
激務の中で起きたリーマンショック。
職場全体が常にピリピリし、
”明日は我が身”という空気が常に漂っていました。
私は自分を守る方法を知らず、
同僚の愚痴や焦り、怒りをそのまま吸収してしまい、
気づけば心身が限界に。
休職を経て退職することになります。
思考が多すぎて疲れ果てる
HSPは、必要かどうか関係なく
”目に入った情報を一気に処理してしまう脳”
という特徴があります。
机の上に複数のタスクがあるだけで、
優先順位がつけられなくなり混乱することも。
集団行動も、みんなの言動に勝手に反応してしまうので、
頭がオーバーヒートしがちです。
また都会を歩くと、一人ひとりの動きが勝手に視界へ飛び込んできてしまい、
スマホ歩きする人が増えてからはさらにストレスが増大。
疲れ→イライラ→落ち込み、のループにはまり、
これも私が東京から湘南に移住した理由のひとつです。
※ 補足
HSPは、ADHD傾向を併せ持つケースも多く、
私自身も振り返ると
「こだわりの強さ」「集中力の偏り」はその影響もあったのだと思います。
ただ、この時点ではまだ気づいていませんでした。
4. 敏感さが”強み”へ変わっていった私
フリーランスになり、自分のペース・直感・こだわりを
そのまま仕事に活かせるようになってから、
世界の見え方が少しづつ変わり始めました。
これまで「生きづらさ」だった敏感さが、
自由なサロンワーク・文章・絵など、活躍の場を得たことで
のびのび育ち始めました。
お客さんの笑顔を見るたびに
「社会では扱いづらかった私の感性が、誰かの癒しになるんだ」
と感じられるようになっていきました。
敏感さは欠点ではなく、生まれつき授かった”恵み”。
そう思えるようになったのです。
組織では出し切れなかった力
会社員時代は「周囲に合わせられない」ことで苦しかった私も
セラピストとしては水を得た魚のように動けました。
仲間もやさしく、人の気持ちに寄り添う人の多い環境で、
心地よく働けていました。
でも今度は、
「もっとこうしたらお客さまが喜ぶのに」
「こうすれば仕事がスムーズなのに」
と全体が見えすぎてしまい、他のスタッフと足並みが揃わなくなることも。
組織にいる限り”やりたいサービス”ができないもどかしさも重なり、
「もう独立するしかない」と覚悟が固まりました。
エモーショナルすぎる私 ── キャプテンEOで泣いちゃう

私は昔から、とにかく胸が動くと涙が出てしまうタイプ。
ディズニーの『キャプテンEO』ではマイケルの才能に号泣し、
吹奏楽部では演奏が一つに溶け合う瞬間に泣き、
道端のミニコンサートでも情熱に胸が熱くなる。
誰かが落とし物を拾ってあげるだけで、ハートが震える。
周りがクールでも、私だけスイッチが入ってウルっとしてしまうのが恥ずかしかった。
気持ちを抑えるのにいつも必死でした。
でもこの「過剰な共感力」は、
セラピストや創作をするとき、”必須アイテム”として欠かせないのです。
第六感として現れた”感覚の鋭さ”

施術の仕事に本格的に向き合うようになってから、
目に見えない世界が以前より自然に感じられるようになりました。
ある日、窓辺のマーガレットを眺めていたとき、
胸の奥からふっと
「ずっと友だちでいようね!」
という言葉が湧きました。
耳ではなく、心で受け取ったような感覚。
植物を大切にお世話していた時期だったこともあり、
「植物の精霊のメッセージだと思うよ」と言われたとき、すんなり腑に落ちました。
施術中の”ゾーン”のような集中状態を通して、
一瞬だけ別次元とつながったのだと思います。
この体験は
「世界は目に見えるものだけじゃない」という確信になり、
占星術や創作の世界観にも静かにつながっています。
5. ”名前がついたこと”で、光が差した
メディアで「HSP」という言葉を見かけるようになった頃、
私はただ「そんな性質もあるんだ」と流していました。
でも友人から
「ロンブー淳がHSPって言ってて、さよちゃんの話がやっとわかった!」
と言われた瞬間、うれしさと同時に
「え?これ、普通じゃなかったんだ?」と驚きが。
「私ってマイノリティだったんだ」とハッキリしたのです。
特徴を詳しく見ると、すべてが自分に当てはまっていて、
”性格”ではなく”脳の特性”なんだ
と、わかりました。
もう「治さなきゃ」「普通にならなきゃ」と
自分を責める必要はない──
そう思えた瞬間でした。
診断は受けていないけれど…一本の線でつながった感覚
私は正式な診断を受けていませんが、特徴の一致度から
・HSP
・APD(聴覚情報処理の特性)
・電磁波過敏症
・ロングスリーパー
・夜型クロノタイプ
・軽度のADHD(不注意寄り)
などが、自分の生きづらさと深く結びついていると感じました。
ちなみに、MBTIは、INFJ(-T)。
いちばん稀と言われるのは、
INFJにはHSPが多いせいかもしれません。
これは「自己判断」ではなく、
今まで点在していた違和感が、一本の線でつながった
という感覚に近いものでした。
ラベルは”制限”じゃなく、”所在”をくれた
MBTIやLGBTQIA+のように特性に名前がつく時代になり、
私にとってはそれが救いでした。
原因がのわからなかったモヤモヤが
”脳の特性”という説明に置き換わった瞬間、
ストンと心が軽くなっていきました。
そして、何より──
自分を責めなくなったこと。
「これは生まれ持った特性だから、
いい面を大事にして生きていけばいい」
そう思えたとき、
長年見捨ててしまっていた自分の感性に、
「ごめんね」と「ありがとう」が同時に湧きました。
電磁波過敏症
私には身体的な敏感さもあり、そのひとつが電磁波過敏症でした。
小さな違和感から気づき、対処法を知ることで生活がぐっとラクに。
APD(聴覚情報処理の特性)
HSPと兼ねることが多いと言われるAPDも、私には深く当てはまりました。
・聞こえてるのに、意味が入ってこない
・周囲の音が全部同じ重要度で飛び込んでくる
これは集中力の問題ではなく、
脳の処理のタイプのによる現象だと知ったとき、とてもラクになりました。
名前を知って、やっと言語化できた
特性の名前を知ったことで、
・原因がわかり、自分責めが減る
・行動の理由が言語化され、対策できる
・同じ特性を持つ仲間がいると感じられる安心
が生まれました。
こうしてようやく、
「あぁ、私ってこういうタイプなんだ」
と、自分の全体像がつかめたのです。
6. 生きづらさを減らすための”環境づくり”と”思考の整え方”

HSPの私は、ひとつの出来事から多層的に考えすぎたり、
外からの刺激にすぐ反応してしまうタイプ。
だからこそ、
・余計な刺激を減らす
・思考を静かに整える
この2つが、私の日常の安定に欠かせません。
ここでは、実際に続けてきた習慣の中から、
効果が大きかったものを目的別に紹介します。
目的①:思考・情報の”過剰処理”を減らす
A:選択肢・情報・刺激を”受け取らない”工夫
⚫︎ テレビなし生活
テレビは情報が多すぎて私には刺激過多。
ニュースは必要分だけネットで、娯楽はYoutubeで自分のペースに調整。
⚫︎ SNSは必要最小限だけ
インスタは仕事用。
フィードはほぼ見ず、投稿したら閉じる。
「知らなくていい情報」は入れない。
⚫︎ ミニマリズムで”選択”を減らす
HSPは選択肢が多いだけで疲れるので、必要箇所だけミニマルに。
・靴下・キャミなどはお気に入りを統一
・サロン勤務日はユニフォームで迷わない
・部屋はものを多く置きすぎない
小さな工夫で、脳の負担は驚くほど減ります。
B:思考の整理・自動思考を”止める”工夫
⚫︎ 複数ノートで”頭の交通整理”
タスク・感情・ひらめきを混ぜないよう、ノートを用途別に。
今どこに意識を置けばいいかが明確になり、心が静かになります。
▶︎ ジャーナリングの記事
⚫︎ 「エレベーター呼吸」
ネドじゅんさん考案、短い時間でスッと自動思考が止まる呼吸法。
スピ寄りに見えても、自律神経的にとても理にかなっていて続けやすい。
⚫︎ 動く瞑想・クンダリーニヨガ
普通の瞑想が苦手でも、
呼吸×動きで自然と”思考の渦”が自然に消えていく。
目的②:感覚に”刺激の少ない世界”をつくる
⚫︎ 光の工夫
光刺激に弱いので、あえて暗めの環境に。
・LEDは使わない
・どの部屋もスタンドライト1本
・蛍光灯は洗面所とキッチンのみ
光を変えるだけで、安心感が違います。
⚫︎ 耳栓で”静寂をつくる”
外の音がつらくて試したら、大正解。
まるで深海に潜ったような静けさで、
睡眠時はもちろん、瞑想にも◎
⚫︎ アロマで睡眠の質を上げる
枕元のティッシュに1滴。
寝入りも、起きた瞬間も
「深く休めた」と感じます。
目的③:脳を”守り、満たす”ための栄養ケア
HSPの脳は大量に働くからこそ、
ダメージを減らして十分な栄養を。
⚫︎ 砂糖を減らす
血糖値の乱れは脳疲労やメンタルの揺れにつながるので、
量とタイミングを調整。
⚫︎ タンパク質とココナッツオイルを意識的に
脳のエネルギー源は糖だけではなく、
実はタンパク質と脂質が重要。
・ココナッツオイルは認知症予防の研究も
・血糖値が安定し、メンタルも落ち着く
日常に少し取り入れるだけで”脳のスタミナ”が変わります。
目的④:一人の時間で”神経をリセット”
HSPは、誰かと一緒にいるだけで刺激を受け続けます。
だから回復には”ひとりの静かな時間”が不可欠。
フリーランスになったことで、自然とその時間が確保でき、
これは生きやすさに大きく貢献しました。
サロンワークもマンツーマンでじっくり向き合うスタイルなので、
刺激が少なく、心地よく長く続けられています。
7. 敏感体質は欠点ではなく、感性の宝物

紆余曲折を経て、私はようやく自分の特性を
「外の世界」→「環境調整」→「内なる本質」
この順で理解できるようになりました。
気づけば、初めは扱いづらかった敏感さも、
今では”私の大切な一部分”。
工夫しながら共に生きることで、
むしろ人生を支えてくれる存在になっています。
芸術の感性:見えるはずのない世界が見える
光・音・自然の声──
敏感な感受性のおかげで、
普通なら流れ去ってしまう繊細な世界を受け取れるように。
その断片を絵や文章として形にできることは、私にとって大きな喜びです。
技術はまだ発展途上だけれど、
この感性からどんな作品やアイデアが生まれるのか
未来が楽しみで仕方ありません。
▶︎ ギャラリーやエッセイをまとめたページ「Journal」はこちら
癒しの感受性:セラピストとしての強み
相手の「気配」「感情」「小さな変化」を自然に察知できるからこそ、
マンツーマンのセラピーで力を存分に発揮できます。
敏感ゆえに、お客さん本人も気づいていない領域まで癒せることもあり、
自分の特性が”誰かの助けになる幸せ”を日々感じています。
敏感さを宝物に──鍵となるのはただ一つ
それは、”正しい環境を選ぶこと”。
もし敏感さがデメリットとして出ているなら、
それは「今の環境と体質がズレている」というサイン。
逆に、自分に合った環境さえ整えば、
敏感=才能そのものとなり、
人生はぐっと豊かに、創造的に開いていきます。
8. 同じように悩んでいるあなたへ

敏感さや生きづらさを抱えていると、
「私だけ何かが欠けているのでは…」
そんな不安が胸に押し寄せる日もあると思います。
でも、忘れないでください。
そのしんどさは、あなたのせいではありません。
ただ”特性と環境が少しずれていただけ”なのです。
私も、HSPという特性を理解していくうちに、
ものの見え方がふわっと広がっていきました。
まるで自分の人生を俯瞰するように、
「どうすればもっと楽しく生きられるんだろう?」
と、自分をプロデュースしているような感覚に変わっていったのです。
気づけば、
自分を”責める人”ではなく
自分を”育てる人”になっていました。
そして最終的にたどりついたのは、とてもシンプルな答え。
「好きなこと・得意なことをする」
その場所にこそ、
あなたの特性がのびのび呼吸できる土壌があり、
あなたの才能が静かに花ひらく場所があります。
どうかこれからも、
内側の小さな声を大切にしてあげてください。
あなたのペースで大丈夫。
あなたにしか開けない世界が、必ずあります。

いちばん左。撮られてると気づいたら食べてるとこ絶対見せない
9. 参考リンク・関連記事まとめ
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