最近改めて読んで、いい本だなぁ〜と思ったので、ご紹介です。
描写も柔らかく、ドラマ感覚でするする読めます。
「生きるとは」とか「自愛」にまつわる壮大なテーマも胸に響いて、私は何度も泣きました。
これから出産を控えている妊婦さんやそのご家族はもちろん、自己受容とか自愛がうまくできない女性にも!
とても響くのではないでしょうか。

『つるかめ助産院』
小川 糸
※ネタバレあります!ご注意ください。
あらすじ
夫の小野寺くんが忽然と姿を消してしまい、途方に暮れたまりあは、二人の思い出の島に一人で再び来てみることに。
そして、島で助産院を営む「つるかめ先生」と出会い、自分のおなかに命が宿っていることを知ります。
実はまりあは孤児で、家族の愛というものに恵まれたことがありません。
そんな自分が母になるなんて考えられず、産もうかどうかも悩みました。
それでも一人でも産もうと決めて、助産院で手伝いをしながらしばらく島で暮らすことを選びます。
初めは、見知らぬ人と食事はおろか話をするのも抵抗がありましたが、先生をはじめ、個性的であたたかい仲間がたくさんできて、いろんな経験をしながらどんどん心を開き、強くなっていきます。
そしていよいよ迎えた、出産の日。
朦朧とした意識の中で、猛烈な痛みと闘うまりあの前に現れたのは…

ぜんぶ食べたくなる
「食堂かたつむり」でも有名な小川糸さん。
やはり、お料理や食べるシーンの描写がとってもよいです。
ランチパーティの、アザミの炒め物、田芋のコロッケ、
サヨリちゃんの出産に立ち会った茶髪ピアスで一見ちゃらちゃらして見えるコウジくんが作った、卵焼きとほうれん草入りのランチョン結び。
12月にみんなでスープまで一滴残らず食べた、カマイ(イノシシ)の団子鍋。
パーラーさすらいの訳あり店主が作る、パイコー麺(通称・妊婦ラーメン)
まりあが出産直前に食べた、ハイビスカスの天ぷら、などなど…
本当に心を満たすお料理って、そうそう、これなんですよね!
外食で”おいしいもの”は食べられるけれど、そうじゃない。最近こういうの忘れてました。
頬張ったときの食感がはっきり想像できるぐらい食欲をそそるのですが、なかなか自分では用意できなさそうなものばかり。
つるかめ食堂、ぜひ作ってほしいです!
自分も愛せるように
舞台は沖縄の八重山諸島や与那国島などがモデルの架空の島で、ゆったりとした雰囲気が感じられます。
しかし、実は先生も、アオザイ姿のパクチー嬢も、旅人サミーも、島で生まれたのではなくここに辿り着いた、訳ありの仲間。
みんなそれぞれ心に深い傷を抱えながら、それでも生きようともがいていました。
私がとくに好きだったのは、死産を経験して以来、想像妊娠を繰り返す艶子さんが、まりあの大きくなったお腹に触れて赤ちゃんがグルンと動いたときのシーン。
悲しみが大きすぎると、人って、幸せだったことをすっかり忘れてしまうんですよね…
でも、まりあも島で暮らすうちに「生まれてきてよかった」と本気で思えるようになって、
艶子さんも自分の赤ちゃんがお腹にいた頃、とても幸せだったのを思い出します。
また、まりあは自分が孤児だと嘆いて、育ての親の安西夫婦にもいつも、亡くなった本当の娘の身代わりにされているような嫉妬を抱えていました。
その気持ちを手紙に全部書いて出したら、まりあが最初に保護されたときに着ていた産着とともに返事が届きます。
それによって自分が本当の母親からも、安西夫妻からも愛されてたことを知り、というか「受け入れる」ことができて、何かが浄化されたのですね。
島に来たときはすっごく頼りなさげで、人のことも自分のことも全く信用してなかったのに、大自然の中で先生たちと過ごし、お産に立ち会ったり、マッサージの能力に目覚めたりしながら、約1年かけてどんどんしっかりしていく様子には、こちらまで元気づけられるようでした。
ちなみに、失踪していた夫の小野寺くんは、出産の真っ最中に戻ってきます。
なんでこのタイミング!と突っ込みたくもなりますが、小野寺くんは、まりあが”自分を愛すこと”の象徴的存在なんだと思います。
「自分を愛せないと、人を愛せない」って、本当なんですよね。

精子が陣痛促進剤に
余談ですが、”お迎えボボ”(お迎え棒)の話が興味深かったです。
出産が近くなった頃に愛の営みをすると赤ちゃんが出やすくなる、というのは聞いたことがありましたが、精子には陣痛促進剤にも使われる成分(プロスタグランジン)が入っている、というのは初めて知りました。(刺激自体に意味があると思ってた)
本の中には、他にも妊娠・出産にまつわるリアルな情報や豆知識がさらっと書いてあったりするので、セラピスト的にも読んでて面白いです。
巻末にこの本を書くにあたって参考にした資料一覧が載っているのですが、その本たちもまた興味深そうなタイトルばかり。
妊娠・出産はもちろん、お料理から、児童養護施設から、沖縄のことまで、
やはりリアルな作品の背景にはこんなにたくさんの下調べがあるのですね。
生きること、死ぬこと
長老が海で死んでしまったあと、先生の
「生まれることも死ぬことも、そんなに変わらないんじゃないかなー (中略) 生まれる現場と亡くなる現場って、不思議なんだけど空気のトーンが一緒なのよ」
という、輪廻転生が背景にあるようなセリフにはすごく共感します。
人間の感情を考えなければ、始まりも終わりも結局、同じところに通じてるわけで…
もちろん「めでたい」とか「悲しい」はあるんですが、両者とも「壮大な自然な流れの一部だな」って、妙にスッとしたものを感じます。
そして、生きてたら辛いこともあるけれど、それも「これでいいのだ」と受け入れて、今目の前にある日々のしあわせに気づくというかフォーカスして生きるっていうのが大事なんだなぁと、最近やっと、ちょっとずつ腑に落ちるようになってきました。
そうやって不器用にでも進んでいくのが、生きるっていうことだし、別に正解とかないんだな、と。
でなきゃ、やってられないとも言えますね。笑
「ケ・セラセラ」って、本当にいい考えです。
ちなみに、巻末には宮沢りえちゃんとの対談も。
本は貸し出しもできますので、ご興味のある方はぜひ♪
最後までお読みいただき、ありがとうございました。












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