〈旅エッセイ ~コロナ禍のイタリア留学〉4:ついにフィレンツェ到着!

 

 

 

スキポール空港から小型の飛行機に乗り込み、イタリア人だらけの機内で過ごすこと1時間半…

いよいよフィレンツェの空港に到着!!

 

いそいそとバゲージクレームへ。

はるばる日本から一緒に旅してきた私の超重いスーツケースが回ってきた。

がんばれば自分で持ち上げられるけど、覚えたてのイタリア語をさっそく使ってみたかったこともあり、隣にいたシニョーレ(おじさん)に「持っていただけますか?」とお願いしてみた。

もちろん快く持ち上げてくれて、感謝と、初めて本国でイタリア語の会話ができた喜びでいっぱいだった。

 

 

ところで、PCR検査の証明書やらイタリア政府から求められていた書類など、成田空港でグランドアテンダントさんに見せて以来、機内でもスキポール空港でも全く見せていない。

最後にフィレンツェで見せるのかとも思ったが、EUの入国審査はすでにスキポールで済ませているので、ただゲートを出るだけだった。

なんともあっさり。

 

やはりヨーロッパってこんな感じだよね…と、安堵と拍子抜けの混じった複雑な気持ちで外に出ようとすると、なにやら刑事と警察3人ぐらいの集団が…!

止められる私。

何?何?いよいよここで証明書を見せろって言うのか?

ドキドキしながら話を聞くと、どうやら現金の所持について聞かれているらしい。

たしか日本円で100万円ぐらいだったと思うが、現金を持って入国してはいけないルールがあって、彼らはその確認をしていたのだった。

言葉もわからないし超ドキドキしたが、そんな大金は持っていないのでわずかな有り金を全部提示したら

「あ、はいはい、もう行っていいよ」

とあっさり終了。

 

結局、PCR関連の書類は成田以来1回も見せることなくフィレンツェに入れたのだった。

この辺からなんとなく、日本でニュースを見ているときの恐怖感と、実際のヨーロッパ現地の穏やかさとの温度差を感じ始めていた…

 

 

さて、空港を出たら、語学学校を通じて手配していたタクシーのお迎えを探す。

運転手のおじいさんをすぐ見つけた。

 

私の便が到着したのは23時頃だったので、もう真夜中近い。

もちろんPCRは陰性だけど、こんな時期にアジア(コロナが始まった当時はイタリアでも中国人への暴行があったり一時的に偏見が強まっていたため、日本人にもその影響が及ぶ可能性があった)から来た私を、こんな夜中にタクシーで運んでくれるなんて…

学校を通じての手配とはいえ大変恐縮である。

ありがとう、運転手さん。

でも当の本人はそんなこと全然気にしていないように見えた。

 

 

フィレンツェの中心までは30分ほど。

タクシーは高速を走り、やがて歴史地区の中心へと入っていく。

 

この頃は、コロナによる夜間外出禁止令(coprifuoco、こんな単語を覚えるのもこの時期ならではだったな~)があったため、夜22時以降は外を歩いてはならなかった。

そのため街はしんと静まり返り、お店はもちろんやってないし、人っ子一人歩いてなかった。

 

実はこのちょうど2年前、2018年に私は初めてイタリアを訪れていたのだが、

当時のフィレンツェは世界中から来た観光客でごった返してて、どこを撮っても必ず誰かが写り込んでしまうし、夜中までにぎやかで、静寂とは真逆の街だった印象がある。

↑当時のドゥオモ広場。入らないように写しても、どうしても人混みが見切れる。

 

なので今、タクシーの窓から見えるひっそりとした光景に目を奪われていた。

角を曲がったところに中世の服を纏った人が歩いてたとしても、何ら不思議に思わないだろう。

コロナが収束したらもう見れないかもと思い、じっくり、うっとり、幻想的な夜の街並みを味わった。

 

そしてサンタマリアノヴェッラ教会を過ぎたあたりで、「もうすぐ見えるかな?」とワクワク胸が躍った。

落ち着いたオレンジ色の街灯がポツンポツンとある路地をしばらく走ると…

狭い道の間から、あの美しいフォルムが顔を出した。

ドゥオモのクーポラだ!

 

静寂の中、深い紺色の夜空を背景に、以前と変わらぬどっしりとした姿で存在していた。

あぁ、やっとフィレンツェに到着した。

また戻って来れたんだ…!

↑これは別のときの写真だけど…闇夜に浮かぶクーポラ

 

長旅を終えた達成感に包まれていると、まもなくアパルタメントに到着。

 

そしてドキドキしながらインターホンを押すと、すぐに若い女の子が出てきて、

「Ciaaaoooooooooo!!!!!!」

と、満面の笑顔で迎えてくれた。

 

これには心底感動した!!

ずーっと緊張しっぱなしだったのが一気に解けて、とっっても嬉しかったのを覚えている。

このときの気持ち、一生忘れないだろう。

 

どうやら女の子は大家さんの娘さんのようで、お部屋を一通り案内してくれて、

「とにかく今日は早く休んで!」と気遣ってくれた。

実は語学学校のレッスンは翌朝月曜から始まるので、日曜の深夜に着いた私は到着早々大忙しなのだ。

 

お部屋は古いけど快適だった。

 

 

イタリアのアパルタメントはシェアルームが基本。

ここも本来は2人で住むお部屋だけど、コロナのため1人で使わせてもらえた。(ラッキー!)

 

 

とにもかくにも、無事に辿り着いて本当に良かった…

 

母に報告を済ませ、ベッドサイドの可愛いバラ園の写真に心癒されながらすぐ眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

5話へつづく

 

 

 

 

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